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株式会社ピアフォー 会社概要
| 会社名 |
株式会社ピア・フォー PIER4 Corporation |
| 代表取締役 |
飯田佳奈子 |
| 設立 |
1990年(平成2年)11月26日 |
| 所在地 |
〒221-0042 神奈川県横浜市神奈川区浦島町380番地
TEL: 045-441-0404 / FAX: 045-441-5888 |
| URL |
http://www.yakatabune.jp |
| 主たる事業 |
屋形船・釣り船・観光船業の運営、旅客運輸、海洋イベントの企画運営
船舶の保管・メンテナンス業務 |
| 許可番号 |
国土交通省関東運輸局許可[関東不第116号]
横浜屋形船事業協同組合 所属 |
| 社名の由来 |
1859年の開港以来、横浜は日本における世界の玄関口として、貿易や異国との
文化交流だけでなく、人々の夢や希望を船に乗せて世界に運んでいきました。
こうした横浜で生まれ育った創業者(初代社長;飯田三樹)は、
「漁師町で仕込んだ料理を囲み、洋上で取る食事。陸上から離れ、
日常とは違う空間で、自分を見つめる大切な時間。 仲間たちとの幸せな輪。」
を届けることにより、それぞれの明日への希望や夢を繋ぐことを理念と掲げ、
ピア・フォーを創業しました。
ピア・フォー(PIER4)の社名は、 それらの理念に由来し、そして、“サウスピア
(South Pier/大桟橋)”、“センターピア(Center Pier/新港埠頭)”、
“ノースピア(North Pier/みずほ埠頭)”の3つの埠頭から形成される
横浜における、第4番目の埠頭(Pier)となるべく、名付けられました。 |

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サウスピア : 大桟橋 |
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今も多くの客船が入港します。40年ほど前までは横浜とソビエトを結ぶ定期航路が開設されていました。
飛行機運賃は驚くほど高く多くの若者は横浜大桟橋から5千トン未満の小さな貨客船「バイカル号」に乗り2日かけナホトカへ渡りました。そこからシベリア横断鉄道で2日かけモスクワへ行き、航空機でロンドンへ入国する。ソビエトが共産国家であり、360円が1ドルにしか換金できない、日本が立ち上がろうともがいていた頃の街に温かみがあった時代のことでした。 |
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センターピア:新港埠頭
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「赤レンガ倉庫」がある所です。昔はここが日本と外国の玄関口でした。東京からの引込み線が敷設され、外国からの賓客をうけ入れる迎賓館や外国へ旅立つ要人たちの社交場があり華やかな舞踏会送迎会が連日繰り広げられる日本で一番西洋の華やかさに満ちた一角でした。 |
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ノースピア:瑞穂埠頭
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戦前は日本の貨客船の7割が出入港する貿易港でした。戦後、進駐軍に接収されカマボコ兵舎が並ぶ。
この埠頭には大きな陸橋が架かり、橋の袂に10軒ほどの「外人バー」が軒を連ねていました。今もその名残りがPOLESTARとSTARDUSTです。ベトナム戦争が行われていた頃米国の永久居住権グリーンカードと引き換えにベトナム戦争へ参加する日本の若者達はここから旅だちました。今でも一部は立ち入り禁止の「橋の向こうはアメリカ」な埠頭です。 |
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